へたうまに乗る

自分で描いたへたなイラストを挿絵に日々の出来事を切り取って紹介します。

これからの「天気」の話をしよう

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時は平成最後の年、2018年も終わりが見え始めた11月。
人々は平成30年をこう振り返るだろう。「とんでもない年だった」と。
そんな激動の年、男は思い立った。「髪を切ろう」と。

 

人にはそれぞれ髪を切るタイミングというものがある。
髪が伸びたなと思ったとき。
おしゃれのために新しい髪型にしようかなと思ったとき。
「体力の限界」を感じたとき。

 

理由はなんであれ、髪を切るという行為はリフレッシュ効果があり、どちらかというとポジティブなイメージではなかろうか。

 

しかし私はとにかく美容院が苦手だ。どのくらい苦手かというと水泳のクロールと同じくらい苦手だ。
正確にいうと美容師との会話が厳しい。

 

美容師が嫌いとか会話が苦手とかではなく、美容師と織りなす、中身のない「われわれは本当にこの話に興味があるのだろうか、いやない」と思わず体言止めをしかねない上辺だけの会話がダメなのだ。

 

相手も仕事だというのはわかっている。
美容師側も「お前のことなんてこれっぽっちも興味ねえよ。つかアラサー男が美容室来んな」という気持ちはよくわかる。

よくわかるけれど、やはりあの空間が苦手なのだ。

しかしながら一社会人として、髪を伸ばしっぱなしにするわけにもいかないので行きつけの美容室に行ってきた。

 

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行きつけの美容院に到着するといつものイケメン風お兄さんが迎えてくれた。

「いらっしゃいませ!」

時間通りに美容室に着くと待ち時間なく席に案内してくれた。

着席と同時にアウトドアの雑誌とラーメンの雑誌を目の前に置いてくれた。

このお兄さんは分かっている。

たとえファッションの雑誌を置いたとしても、私が手に取らないことを。

 

「今日はどんな感じにしましょう?」

「前と同じ感じで。2ヶ月経ったらこの髪型になるようにしてください」

「了解しました(ニコッ」

必要最低限かつ笑顔で気持ちのいい接客。

お兄さんは分かっている。

私が特に髪型のリクエストをしないことを。

 

早速用意してくれた雑誌を手に取る。

ここから30分、私は一心不乱に雑誌を読むのだ。

一言一句を見落とさない、すさまじい集中力で情報を読み漁る。

という雰囲気を醸し出しながら雑誌を開いたところで美容師さんに声をかけられた。

「今日はこの後どこか行くんですか?」

「あ、はい、ちょっと梅田まで」

嘘である。

このあとの予定といえば、スーパーに行き、予算500円でお昼ご飯の材料を買うことくらいである。

だがここで「いえ、特に用事はないっす」と答えようものならいろいろと不都合が生じる。

 

まず第一に美容師さんが声をかけてくれた気遣いに対して失礼である。

第二に予定のないやつという烙印を押される。

第三に散髪後にワックスをつけるか問われた際、用事もないのに「ワックスお願いします」と頼むのは恥ずかしい。
「今日はこのあと用事ないんすよ(笑)」
「そうなんですかー」
「でもワックスはつけてください」
「なぜ?」
となるのが恐ろしい。

必要最低限の会話を終わらせ、今度こそ雑誌を読み込もうとする。


…ほう、このキャンプ場は値段も手頃で良さそうだな。と、キャンプをしたことがないくせに通ぶって眺めていると、
「今日、天気大丈夫ですかねぇ?」と聞こえてきた。

聞こえてきたというか、問われた、私が。

咄嗟の出来事にすかさず答えた。

「昼から雨が降るかもって言うのを聞いてたらしいんですけどねぇ」

天気の話題というあまりに斜め上の出来事にパニクった私は訳のわからぬことを口走った。

聞いてたらしい、誰が?

話の主体が私でも美容師でもない。

雨が降るという情報を聞いたのが「誰」なのか、発言した自分でもわからなかった。

しかし質問した美容師は動じない。

美容師応へて曰く
「然もありなん。(たしかにそんなことだろう。)」

お分かりだろうか?

友人同士での会話なら「聞いてたらしいって誰がやねん」「お前は誰やねん」「なんでやねんどういうことでんがな」
何かしらのツッコミが飛んできそうな発言に対してただ一言。

「そうらしいですねぇ」と。

達観しているか流しているかのどちらかだが、おそらく前者だろう。

 

他人の髪を切るという集中力を必要とする行為を生業とし、作業の最中に客が退屈せぬよう話題を紡ぎ出す。

嗚呼、美容師。

不亦尊乎(なんと尊いことだろうか)

 

30分後、匠の御業において時空を超え、2か月前の髪型に戻った私は、曇りなき眼でスーパーに向かうのであった。